2013年2月1日金曜日

「お国のために勝て」と言う国民性

今、体罰問題が話題になっているが 自分も40歳近いオジサンな訳で 小学、中学時代には体罰なんて当たり前の世代で育った。
一番覚えている体罰は、中学のある授業で忘れ物をしたらほうきの柄の部分でおもいっきりケツを殴られると言うものだった。
あの痛さは尋常じゃなかったけど 同時に この痛みでいったい何が変わるのだろうか 疑問に思っていた。

ただ、一方 小学時代にも 4年生の時に先生にビンタを食らったが、このビンタは子供ながらに愛のある体罰と受け取っている
この先生とは、今でも親交が有る。
体罰と一言でいうけど 意味のある体罰と意味のない体罰が有ると考える
自分は正直な話 学校生活から「体罰」が消えてしまっていることを残念に思う(スポーツ体育以外)
私の娘が通う学校のクラスでも 一人問題児がいて 友達の女の子に暴言を吐いているという
しかも その内容が その女の子の命を粗末にする言い方をするようだ
「○○、死ねばいいのに」
先生が、耐えかねて あなたは、いつもそう言うけど 本当に○○さんの事をそう思っているのですか?」
と尋ねると
「あぁ 死んでしまえばいい」
と答え
先生は、泣いてしまったらしい 本人はケロッとしていた と娘談
今まさに、現在進行形な訳で・・・
どうしようもない 先生の気持ちがうかがえる。

教職員の鬱患者数が増加傾向にある
親も甘い、教師も手が出せない それじゃどうやったら こういう未熟な生徒を指導することが出来るのか

中国の一人っ子政策で子供の我がまま化が深刻化していると聞く
それと似たような状態に日本もなるのではなかろうかと懸念する。
ただ、一方 スポーツに対する体罰は、これはおかしいと判断する。
というか、日本のスポーツへの取り組み方がおかしいのではないかと・・・
なんだか、戦時中を思いうかがわせる

お国のために勝て!

コーチと選手の関係は まるで中将と兵隊
実は、あるアメリカのスポーツ選手を見るまでは、日本のスポーツ指導方法も別に気にしていなかった。

その選手は、ショーン・ホワイトというスノーボード選手だ
10年くらい前にXゲームズと言うテレビ番組で見かけた選手。
まるで翼がはえたかのように錯覚する華麗なジャンプにイキイキとした表情
なんてノビノビとプレーするんだ・・・ 一生懸命さは全然感じない 
絶対成功しなければならない。 勝たなければならない なんて別にどうでもいい 
「俺、今 めっちゃ 楽しい!!」と画面から聞こえてくるようだ・・・
飛べることに心から幸せを感じていることに画面を通してもそれが分かる。
そして、ショーン・ホワイトの練習風景に画面が変わる。
自ら難易度の高い技を開発し、失敗を繰り返し 完成させ 観客にお披露目する。
このエンターテイメントに幸せを感じているのだ。
そして、このXゲームズ自体 多数のスポンサー そして放映権が有るので
多額の賞金も手に入るのだ。
そして2006年トリノオリンピックでは金メダル
2010年のバンクーバーでも金メダル
昨年のXゲームズでは パーフェクトスコア100点満点を叩きだしている。
今でも、このショーン・ホワイトに勝てる選手はいない


このショーン・ホワイトのプレーを見ていて
あぁ 日本の考え方ではスポーツは勝てないなぁ と思うようになった。
日本の選手は「お国のため、協会のため、監督コーチのために勝たなければいけない」その考えで
全員が戦士になっている。
その考え方は、間違いではないと思うが、
しかし、実質 その戦士がショーン・ホワイトのようなパフォーマー、エンターテイナーに負けて帰ってきている訳である
日本の戦士が海外のパフォーマーに負けるのである。
そして、更に日本は そのパフォーマーに勝とうと 厳しい軍隊教育をしていく風潮にある。
監督、コーチは 自分がそういう事を教わってきたと やり方を強要し
出来なければ体罰を下す。
そのような指導方法が、トップの方でされているわけですから 下層のスポーツ指導もそういうところがあるわけで・・・

今、柔道の問題に揺れている日本ですが 監督、理事まで責任を追及されています。

そもそも スポーツに対する投資が消極的でエンターテイナー性が弱い国なのに
大舞台だけは「お国のために勝て」と言う国民性がこの問題を生み出した原因ではないかと自分は考えている。

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